レバノンスギと 叙事詩「ギルガメシュ」 ①

2014年10月12日 18:00

 この地球生態系を支えている「みどりの自然」と、その恵みを受けて生きるその他生物との繋がりに関心を持った頃、「安田喜憲著:森と文明の物語ー環境考古学は語る(筑摩書房)」に出会いました。さて、今回あらためて読み直してみましたが、まだレバノンスギは生きているのでしょうか。 ・・・・・  森と文明の物語の一部を紹介します。

                               

  「ガディシャ渓谷、小さなレバノンスギの森」    

 

 香柏

 かつて香しき森があった。その森は、現在のレバノンからシリア、そしてトルコの地中海沿岸に広く分布していた。森の中には、樹齢6000年以上のレバノンスギの巨木が天空高く聳えたっていた。やがて、その芳しい香りに誘われる蜜蜂のように、人間の大群が森に押し寄せ、またたく間にレバノンスギの森は伐りつくされてしまったのである.
  

 樹高は30m以上に達し、腐りにくい材質で、特筆すべき放つ香りは香柏と呼ばれ、古代神殿の内装材としてこれに勝るものはなかった。エジプトではギザのクフ王のピラミッドから、太陽の船と呼ばれるレバノンスギで造られた木造船が発見されている。、またツタンカーメン王の遺体が入った木棺は、厚さ20㎝もあるレバノンスギの板材で造られた三重の巨大な厨子に入れられており、木棺はもちろん厨子も金箔がはられていた。

 

 叙事詩「ギルガメシュ」

 このレバノンスギが人類史に登場するのは、5000年前(紀元前3000年頃)にメソポタミア地方で書かれた人類最古の叙事詩・「ギルガメシュ」である。その主人公ギルガメシュはメソポタミア南部のウルクの王(暴君)として登場し、女神から遣わされた猛者エンキドゥを伴い、森の神フンババを退治してレバノンスギの森を征服する。ここが一つの山場である。

 [人間は今まで、長い間、実に長い間、自然の奴隷であった。この自然の奴隷の状態から人間を解放しなければならない](梅原猛「ギルガメシュ」新潮社 1988年)

 

 シュメールの神エンルリに命じられた半神半獣の森の神フンババは、梢をそびえさせるレバノンスギの森を、人間の欲望による森の破壊から数千年のあいだ守り続けてきたが、ギルガメシュ王は手に斧をとり首すじめがけて切りつけた。大混乱が起こり・・・、そして静けさがやってきた。森の神フンババは大地にうち倒された。
 

 次の山場は、フンババ殺害の天罰を受けて殺された猛者エンキドゥをこの世に連れ戻し、不死の薬をもとめるために、ギルガメシュ王があの世に旅立つ場面である。しかし何れも叶わず失意のうちにやっとの思いでウルクの町に帰りつく。

 ・・・《 私は人間の幸福のみを考えていた。フンババの神と無数の生き物の生命を奪ってしまったのだ。やがて森はなくなり、地上には人間と人間によって飼育された動・植物だけしか残らなくなる。それは荒涼たる世界だ。人間の滅びに通じる道だ。》(梅原猛「ギルガメシュ」新潮社 1988年)と最後の言葉を残して息耐える。


[ この作品は生命の探求という永遠のテーマをもって貫かれている。古代メソポタミア世界に、これほどのヒューマニズムと芸術的感覚が見られるということは驚きである。(矢島文夫)

     

    

 「ウルクの王、ギルガメシュ」   「ギルガメシュ叙事詩」   

 

 

オロンテス川、レバノンスギの争奪 

 5500年前までは、北緯35度以南のメソポタミア低地やアラビア、サハラ一帯も夏雨が降り「緑のサハラ」が出現した時代であった。5000年前(紀元前3000年頃、叙事詩が創られた。)はちょうど気候の大規模変動期で夏雨が降らなくなり、乾燥・砂漠化が始まり、遊牧の民などが水を求めチグリス・ユーフラテス川のほとりに集り、定住農耕民との文化、民族的混合が都市文明誕生の契機となった。

 

 もう一つの水量豊かな母なる河であったオロンテス川は、レバノン山脈に源を発しシリア西部を北流して、トルコのアンタキアで地中海に流入する。この下流域から 17,000 枚を超える粘土板文書が発見され、その地がエブラ王国であったことが明らかとなった。

 紀元前2250年頃にその王宮が破壊され炎上し、その膨大な文書は長い歳月崩れ落ちた公文書庫深くに埋もれていた。このエブラ公文書によって、西アジア・古代史についての新たな発見が期待されている。

 

 なぜ誰によってエブラ王国が破壊されたのか。これまでの説では、メソポタミア低地に誕生したアッカドの王ナラームスィーンとみられている。当時のメソポタミア南部は、森林資源が枯渇し始めていた。そこで目をつけたのは、シリア西北部のアスサリエ山やアマノス山などに生育するレバノンスギを含む森林資源であった。

 その豊かな緑の大地を領有しオオムギ・オリーブ生産などで交易の中心地として繁栄していたのがエブラ王国で、このエブラ王国の征服により南部メソポタミアは巨大な森林資源を自由に使えることになった。

    

                  

 

 参考(矢島文夫・訳{ ギルガメシュ叙事詩}筑摩書房)